続 丹波包丁日記 〜はじめての忘年会〜
人生も長くなるにつれ、経験した宴会の数も多くなる。特に忘年会は毎年するものだから、
齢を重ねるほど経験が多くなるのは当然の事だ。
調理師学校時代
読者の皆さんは、御自分が参加された初めての忘年会というものを覚えておられるだろうか。
私の場合は、調理師学校に通っている時に、アルバイトをしていた道頓堀の店の忘年会が
最初である。
私がお世話になっていたその店は、地下1階から地上10階建の「ドウトン」という
巨大な飲食ビルで、全館が直営で、当時は同じ道頓堀の「くいだおれ」としのぎを削っていた。
毎日毎日、どうしてこれだけの客がくるのかと素人の私にさえ不思議に思うほど忙しい店であった。
私も労働で給料を得る楽しさを見出して、休日返上で正月も働き、卒業までアルバイトを
続けることが出来た。
当時は、忘年会も街のクリスマスも盛んな時代で、バイトの私も出席しろという訳で
参加させていただいた。
仕事が済んでから、宗右門町あたりの大きな料亭の広間で宴会が始まった。
その時の料理は確か「寄せ鍋」だったと思う。
会費はいくらだったか覚えていない。みんな電車やタクシーで帰るから、
未成年の私を除いて、飲みに飲んだ。
宴が進むにつれて歌や詩吟などの余興に楽しんだ。
お開きとなって帰る途中、戎橋から道頓堀にさしかかった時に、道頓堀の商店街から
流れてくる湯原昌彦の「雨のバラード」に聞き入った。
そう、この年の秋にリリースされたこの曲は、大ヒットしていた。
今でも暮れに道頓堀辺りを歩くと、当時の事が鮮明に脳裏によみがえって来る。
感覚さえも一瞬若い時代にタイムスリップするから不思議だ。
アドバイス
忘年会の歓談の中で、店で一番若い私に仕事や人生のアドバイスをしてくれた先輩たち。
どれもこれも若い私の肥やしになった。労働の大切さ、人生の厳しさ、人の温もりなど
一年も満たないアルバイトだったが、人生の重要な部分を勉強させていただいたと思っている。
道頓堀は私の心のふるさと。旧交を温め酒を酌み交わす。気の合った者同士で同じ鍋の中をつつく。
忘年会の鍋の温もりは、心の温もりでもある。「人生捨てたものじゃない」
写真・文章
丹波市山南町にある日本料理・スッポン料理の
お店「茶寮ひさご」店主 真鍋馨様ご提供
|