前回は、日本人の主食であるお米の『粳米(こうべい)』を漢方薬として取り上げ、ご紹介しました。今回も、お米と同等に非常に身近な小麦、世界で一番生産量の多い穀物でもあります。その生薬名は『小麦(しょうばく)』といい、その薬としての紹介をします。
小麦は越年に価値あり
黒海からカスピ海南岸を原産地とするイネ科の越年草、小麦の種子を使用します。小麦は紀元前7000年頃から栽培されているといわれています。古書に、「秋に播き、冬に長じて、春に秀で、夏に実りて五穀の貴となる。(四季の気を具えて、五穀の貴となる) 地暖かにして春播きて夏収むるものあり、気足らず。」とあり、秋播きの越年型を良しとしています。
小麦の未成熟でやせた粒の水に浮くものを浮小麦といって、薬用としては良品としますが、一般にはこれにこだわらずに、年数を経た小麦で代用します。浮小麦を焦げるまで炒ってそのまま用いるか、粉末にしたものを用いたりします。
小児の夜泣きに『甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)』
この小麦(しょうばく)を使った有名な漢方薬に甘麦大棗湯があります。小麦にあと甘草(カンゾウ)2006年11月号記載と大棗(タイソウ・ナツメ)2006年12月号記載といったどちらも甘い二つの生薬を加えただけで、婦人のヒステリーや小児の夜泣き、そしててんかんの大発作にまで効果があります。それぞれ食品としても材料になるものでこんな薬効があるとは不思議な気もしますが、私は、実際に、お子さんの夜泣きで大変困って、育児ノイローゼになる寸前の若いお母さんの相談を受け、この漢方薬で完治した症例を持っています。
『母子同飲(ぼしどういん)』
その患者さんは、出産以来、子どもの夜泣きがひどく、一日たりとも熟睡した事がないといって相談されました。ご主人は仕事が忙しいらしく、育児にはあまり協力的でないので、一人で悩みを抱えておられました。てきぱきと家事も育児も出来る方ですが、疲労のためかイライラが募り、若干ヒステリー気味、でも、そういうピリピリとしたお母さんの精神状態は1歳半の子どもには敏感に伝わるのです。そのお母さんの状態を感じて、子どもまで不安定になり、夜泣きをする、そうするとまたお母さんは不安定になるといった具合に悪循環になっていたのだと思われます。
そこで、漢方薬の『甘麦大棗湯』をお母さんとお子さんとそれぞれに飲んでもらいました。これを『母子同飲(ぼしどういん)』といいます。服用し出すと段々と効果が現れ、夜泣きの回数が減っていき、2ヵ月後には朝までぐっすりと熟睡できるようになりました。
『朝まで起きなかったなんて、1年半振りです。感動しました』と本当に喜ばれ、私も漢方薬の効果に改めて感動しました。
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