4.里づくり計画制度の望ましいあり方
ここまで1章では里づくり計画制度について、2章ではコミュニティの歴史的変遷について、3章では里づくり計画の実施事例について客観的な事実に基づく調査・分析を試みた。本章では、たんばぐみがこれまで集落支援に取り組んできた7)ことで得た知見も交えながら、コミュニティ再生のための里づくり計画制度についていくつかの視点から考察し、その望ましいあり方を提言したい。
(1)里づくり計画制度の必要性と有効性
里づくり計画制度の必要性やコミュニティ再生のための有効性が既に実証されている訳ではない。制度そのものの歴史が浅く、現時点で軽々に評価することは避けなければならない。法令に基づく計画制度に頼らなくてもコミュニティ再生や地域の活性化に取り組むことは可能であろうし、特に里づくり活動の分野では実際に多くの活動事例が存在している。
そもそも、法令に基づく制度であれ、任意の制度であれ、現在の計画制度は必ずしもコミュニティの再生を目的として設けられたものではない。これまで行政の開発審査部局や景観部局、農村整備部局、住民活動部局などがそれぞれの分野の施策として制度を設け、運用してきた経緯がある。そして制度運用による開発行為等の規制や里づくり事業の実施に主眼があり、計画づくりは軽視されがちであった。
住民サイドに立ち、コミュニティ再生のためのツールとして活用しようとするのであれば、横断的、総合的な内容が取り扱えるようにすること、計画プロセスを重視することが大切になる。開発規制を目的とするものであれ、里づくり活動を目的とするものであれ、地区の住民が頻繁に寄り合って、自分たちの地区について学習し、考え、将来像を描き、共有することは、それだけでコミュニティを活性化する効果を有しているものである。そして、このような計画制度が法令に基づく制度として担保力を持ち、広く地域に認知されることが好ましいと考えられる。
(2)里づくり計画の内容
里づくり計画制度は、住民が自ら開発等のルールづくりを行う「開発規制型」と、住民が主体となって地区の事業を行う「里づくり活動型」に大別できる。丹波地域で施行されている篠山市条例、兵庫県条例は「開発規制型」の計画制度にあたる(1章)。
土地利用調整、景観形成といった開発規制型の計画分野は、集落空間を保全し、質を高めるために必要な基本的な計画分野であり、法令による担保力の発揮という意味で計画制度らしい計画分野である。しかし、計画策定後は地区住民が受け身の立場になるという特質を持っている。特に、開発圧力の低い地区では、せっかく地区住民が頻繁に集まって計画を策定しても、その後はほぼ休眠状態になるのが実態である。
これに対し、里づくり活動型の計画分野は、計画策定後においても住民の能動的な活動につながるという特質を持っている。一般に、里づくり活動を実践することは新しい里づくり計画を発案することにつながるので、里づくりが前へ前へと転がっていく事態となる。開発規制型の計画は守備的であるのに対し、里づくり活動型は攻撃的である。
丹波地域においては中心部における人口増(または人口維持)と周辺部における人口減少という二極化が進行しており(2章)、こうした周辺部の集落において住民主体による活性化が求められていることを勘案すると、現在の守備的=「開発規制型」の計画分野だけではなく、攻撃型=「里づくり活動型」の計画分野をも付加した「総合型」の計画制度へと拡充することが望まれる。なお、近年策定された里づくり計画を見ると、市条例、県条例が想定している開発規制型の計画のほか、里づくり活動型の多様な計画が盛り込まれるようになってきており(3章)、実際の制度運用は、既に「総合型」へと移行しつつあると言える。
(3)里づくりへのアプローチ
事例調査においてヒアリング調査の対象とした4集落は、それぞれに独自のアプローチで里づくりに取り組んでいると見受けられる。野間地区は「地区全体のマネージメント」の視点から、乗竹地区は「人の集まる場づくり」の視点から、多田地区は「ボランティア活動から始める」手法で、東芦田は「行動重視のプロセスプラニング」の手法で里づくりにアプローチしている8)(3章)。
今回の多田地区や東芦田地区のように、もともと里づくり活動を実践していて、その延長線上で総合的な里づくり計画の検討へと向かう事例も今後増えることが想定される。開発圧力の低い地区では開発規制の必要性があまり認識されておらず、逆に里づくり活動による活性化については合意が得られやすいと考えられるからである(実際、この両地区はグループA(2章)に属する集落である)。
これらのことから、それぞれの地区の実状に応じて必要な計画項目だけを選択して計画策定できる制度、どこからでも里づくり計画に入っていけるようなオープンな制度となるよう制度設計することが望まれる。
(4)里づくり計画の区域
丹波地域の里づくり計画は6地区全てが集落を単位として(集落の区域を対象として)策定されている。また、現在検討中の地区も同様である(3章)。伝統的な集落コミュニティが色濃く残っており(2章)、集落区域と異なる区域設定は考えにくいのが実態である。
ただし、里づくりにはリーダーやスタッフといった一定の人材が必要(3章)であるため、人口減少が進み、単独では活動が困難な集落では、今後、旧村(小学校区)などを単位とした集落連携を図るケースも出てくると考えられる。
(5)里づくりの推進組織
里づくり計画の策定主体として里づくり協議会等の設立を求めている条例が多いが、策定主体は自治会とする条例、策定主体の組織形態には触れていない条例もある。ただし、何れにしても地区住民等で構成される地縁的組織が想定されている(1章)。
都市地域におけるまちづくり協議会においても事情は同じである。ある特定の空間を対象として地区計画等のルールや事業計画の策定、イベントの開催等を実施しようとすると地縁的な人々の集まりが推進組織のベースとならざるを得ない。都市地域で発案されたまちづくり協議会という組織形態がまずあって、全国各地における里づくり計画制度の制度設計にあたって、こうした協議会方式が援用されたのではないかと考えられる。
しかし、都市地域におけるコミュニティ再構築の手法である協議会方式を、コミュニティが色濃く残っている農村地域にそのまま適用することには疑問が残る。上の(4)で述べたように、通常は里づくり計画の区域は集落の区域と同じであることから、同じ地区に2つの意志決定機関が設けられることになり、かえってコミュニティに混乱が生じるのではないだろうか9)。丹波市多田地区のように、自治会の附属機関として計画検討を行う「里づくり委員会」を置き、意志決定はあくまで自治会の総会や役員会で行う方式がコミュニティ再生の観点からも好ましく、丹波地域には適していると考えられる(3章)。
(6)行政の支援
まちづくり条例には、一般に、自治体が推進組織に対して支援を実施する旨の規定がある。里づくり活動型の条例では、財政的な支援を行うことを明示し(1章)、各地区の活動資金に対する助成金(数万円程度)のほか、広場整備、遊歩道整備、緑化、花づくり、イベントなどの里づくり事業に対して助成金(一般に数10万円〜100万円程度)を交付している。
丹波地域においても様々な支援制度があり、里づくり計画策定については、ひょうごまちづくりセンターの「まちづくり支援事業」(アドバイザー派遣25万円上限、コンサルタント派遣150万円上限)などの支援を受けることができる。また、自治会等が実施する里づくり活動については、兵庫県の「地域づくり活動応援(パワーアップ)事業」(表9)の支援を受けることができる。この事業は、参画と協働による地域づくり活動を支援するもので、助成対象となる活動が限定されておらず、幅広い活動分野において助成を受けることができることから、里づくり計画に位置づけた里づくり活動の展開に適した事業である。
このほかにも、国の各省庁の補助制度、県の各部局の補助制度、各市町の支援制度などがあるが、住民サイドから見れば、これらが里づくり支援事業として使いやすい形に一元化されることが望ましい。
なお、パワーアップ事業と同種の事業で注目に値するのが米国シアトル市の近隣マッチングファンド・プログラムである(表9)。このプログラムでは、助成額にマッチする(匹敵する)ボランティア労働や自己資金を提供することを要件としているのであるが、これは、参画と協働という理念を具体的な形式にしたものと考えることができる。制度設計にあたっては、施策の意味をこのような分かりやすい形で表現する工夫も大切である。
(7)NPOの役割
地区の住民が、自らの集落が置かれている状況に危機感を覚え、あるいは良好な生活環境の創出の必要性を感じて「里づくり」を発願しても、地区の住民は実際にそれを実行するためのノウハウやツールを持ち合わせている訳ではない。このため、計画制度について説明することで進むべき道筋を示したうえで計画策定や活動展開をサポートしていくコーディネーターや専門家の存在が不可欠である。丹波地域においては、これまでは行政職員が自らその役割を果たして集落の掘り起こしに動いたり、計画策定をサポートする専門家を派遣することで制度の普及を図ってきたのが実態である(3章)。
しかし、行政による普及啓発だけに頼っていたのでは、里づくり計画制度による集落活性化を大きな住民運動として育てることは難しい。地域に根ざしたNPOが、独自の地域ネットワークや情報発信機能を活用してコーディネーターや専門家として協働することが期待される。NPOにとっても、もともと手がけている農業振興、多自然居住、都市交流、企画イベント等の事業とのシナジーも期待できる。
(8)まとめ(提言)
以上から、里づくり計画制度が備えるべき要件は次のとおりである。コミュニティの再生、集落の活性化を進めるためには、このような事項に配慮して制度設計し、制度運用することを推奨したい。
【里づくり計画制度の望ましい姿】
〜地区のことは自分たちで決める仕組みになっている〜
○計画の自由度が高く、多様な計画ニーズに対応できる
・幅広い計画項目が設定されている
・必要な項目だけを選択して計画を策定できる
・自治会、連合自治会、里づくり協議会など様々な地縁的組織が推進主体となれる
○支援事業と一体になっている
・里づくり計画策定に対してアドバイザー派遣等により支援する
・里づくり計画に基づく活動、事業に対して財政的支援を行う
○計画制度が地域に根付いている
・土地利用や景観に関する基本的ルールが地域レベルの計画に定められている
・行政、住民、NPOなどの多様な主体が関わっている
・計画制度が広く認知され、地域づくり、集落づくりの運動として展開されている
※これらのことを表2の「提言」欄に表現した |